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悠久の銀河帝国

アーサー・C・クラーク&G・ベンフォード 山高 昭 訳 ハヤカワ

・第一部 クラーク

・第二部 ベンフォード

第二部は50年後に書かれた「銀河帝国の崩壊」の続編であるが、ベンフォードの描写がクドイ続編より、クラークの第一部の方が、はるかにすっきりしていて良質のSFである。お下劣なリーよりはマシかもしれぬが、落雷が落ちたとか、馬から落馬したとか、危険が危ない!といったような、 ギャグのネタ一歩手前のベンフォードの描写は読んでいて疲れます。文章が下手のうえに、ハードSF作家として、とんでもない間違いをしているので大笑いである。ベイリーの「時間衝突」でも間違えていたが、本書も有限と無限と超限の違いを理解してない。「無限の種類は有限より多い」「君は超限数を知っているのか」などというふざけた会話があります。無限の種類はたった三つ、アレフゼロとアレフワンとアレフツーの三種類しか存在しないのだ!ライプニッツ説をとるなら、実在する無限はただ一つで、その名の通りに実無限と表される。アレフ0,1,2は可能性として存在するかもしれない数学上の可能無限である。可能無限にアレフ0,1,2があるなら、アレフ0.389で落合首位打者とか、アレフ2+1/8裸の永遠のミクロ計画とかも存在する可能性があるのではないかなどというのはギャグのネタにしかならず、カントールの連続体仮説はアレフ0とアレフ1の間に、アレフ0より濃くて、アレフ1より薄い無限は存在しない事を証明している。(証明したのはクルト・ゲーデルだが・・・) 何万年後の未来を描写する場合、テクノロジーの進歩は予測しづらいが、数学の真理は変化するわけがないと、ハードSF作家らしさを演出する為に、数学の話題を出したのだろうが、SF界というものはファンもプロも 数学の最新知識は持ってない、好奇心というものが存在しないジャンルだと判明した。50年かけても進歩してない哀れなジャンルがSFである。 (河村)

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幽霊の勇士 魔法の国ザンス8

ピアズ・アンソニイ 山田順子訳 ハヤカワ

最近のザンスシリーズは面白いことは面白いんだけど、いま一つ感動がなかった。たぶんそれはシリーズとしてのまんねり化や、主人公が幼いとかの、色々な原因のせいだと思う。そして今回も同じかな?と思ったら大間違いだった。途中までは面白いことは面白いのだが、ただ色々なエピソードの羅列にすぎなくて、ああまたこのままかと思っていたら、しっかりと感動できる終盤が用意されていた。これなんだよね、最近のザンスシリーズに足りなかったのは。初心に戻ればこのシリーズはまだまだいけるぞ。 (神谷)

ドラゴンクエストの贋物(本物はSPIのテーブルトークRPGである)のような凡百のファンタジーRPGやファンタジー小説では、主人公たる勇者が、悪の魔王を倒す過程において、声も出る暖かみもあるという夜のアイテム「お姫様」を入手するのが常であるが、何とも御都合主義で大笑いである。 最終の敵ボスがお姫さまであったというファンタジーを誰も作らんのは何故だ!?と馬鹿にしていたが、さすがアンソニイ、やってくれました。主人公はお姫様に殺されてメデタシメデタシとなるのです。でも大丈夫心配はいりません。主人公は「甲賀忍法帖」の薬師寺天膳や「伊賀の影丸」の阿魔野邪鬼より凄い、灰になっても生き返る魔法を使えたのです!! 本書の惜しいところは計算ミスをしてしまった点である。主人公が通常ヒューマノイドより身長の低いエルフ族の村を訪れた時、エルフの身長は1/8、だから体積は1/8*1/8*1/8=1/512で、体重も握力も1/512のような描写があるが、握力、筋力は1/8*1/8=1 /64にしかならない。何故ならば、筋肉は二次元平面での伸縮により力をだしているのであり、三次元の動きを筋肉はしないので、立方分の1に する必要はないのである。つまり、ミクロ人間は、ミクロ化すればするほど、見た目より怪力になるのである。身長が1/8になったのなら、1/8の世界では、8倍の筋力を得たように見えるのである。(河村)

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夢の蛇

ヴォンダ・N・マッキンタイア サンリオ

この小説がヒューゴー賞・ネビュラ賞を取っているというから驚きである。設定がSFかといえば、核戦争後の遠未来で、どちらかといえば、ファンタジーの設定である。展開も一人の女性の遍歴が続くだけで、テーマも実に文学である。はっきりいって、どこがSFなのか、よ〜く考えてみないとわからない、雰囲気がSFなんでしょうね。とにもかくにも、これが現代SFなのだよ、とわけがわからないうちに了解してしまいます。要は現代SFというのは、テーマがテクノロジーとか進歩とか社会にはないのですね。一個人の心理・葛藤・成長等にあるわけで、昔SFとは社会とか未来とか進歩とかをテーマにできる唯一の文学だ!と信じていたのが、なんか逆行しているという気がしています。まあ、確かに一人間・一個人をテーマにすれば、純文学と比べてもバカにされはしませんけどね。とにかく「夢の蛇」に関して言えば、女治療師の夢の蛇の探索と、女性としての成長を描いた小説です、私にとって何がセンス・オブ・ワンダーかといえば、この小説がヒューゴー賞を取るという、アメリカ人が広い柔らかい頭脳を持っているという事実です。(神谷)

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