SF-tuzureoriF15


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(2000-15)

−2000年8月20日−


『斜線都市:グレッグ・ベア』


 随分と長い夏休みだった。一月以上、更新を怠っていた。と言っ
ても、本当に「夏休み」していたわけではなくて、公私ともに多忙
だった。この「斜線都市」という文庫本は、長い間、私の通勤鞄の
なかで、少しづつ読まれることに苛立っていたのかも知れない。 
 実際には、この上下巻・約800頁という作品はこの2〜3日で
読みあげたのだ、と告白したほうがいいだろう。それまでは、少し
読んでは、また前の章を読み直すことを繰り返していたから。  

 前半では、幾つもの物語のストリームが提示され、やがて後半で
これらの支流がひとつの本流に収束していく。見事なまでに、全て
の登場人物が、物語のメインステージ<霊廟オムパロス>に結集す
るところなどは、苦笑してしまうくらいに出来過ぎている。   
 なんだろう、これだけのボリュームがある長篇なのに、読み終え
た充足感の希薄さ。いつものベアらしい作品ではあるのだが、、、


 斜線都市/スラント。ベアのナノテク/QL量子理論シリーズの
第4作にあたる作品。物語の時系列で言えば『女王天使』の続編。
このシリーズには『凍月(いてづき)』『火星転移』がある。どれ
も嫌いな作品ではない。ベアという作家は、近未来の文化やカウン
ターカルチャー、風俗、宗教といったものの細部を描くことに執着
している人だ。そこにベアらしい解釈のテクノロジーが加味される
ので、絶妙のバランスのときは、読むのが楽しい作家なのだが。 

 本作のテーマは、原題<SLANT>に帰納していくのだろう。
計算機屋にはお馴染みの</>という記号。今では、インターネッ
トのURLで多用されているので、一般にも馴染み深い記号になっ
ていることだろう。単純に、これは<区切り>を表す記号で、スラ
ントともスラッシュとも呼ばれる。私などが20年前に計算機屋に
入門した頃は、紙カードにJCL(ジョブ制御言語)やプログラム
をパンチしていた。JCLの出だしは<//>という表記が多かっ
たので、何故か重要な記号だと感受していたように思う。コーディ
ングシートと紙カードを読み合わせるときなどは「スラ、スラ」と
発語していたように覚えている。UNIXやメインフレームの世界
でも、ファイル構造やディレクトリ構造を表すときに多用される記
号なので、この</>が何かのシェーマにおける対峙/対立や区分
けを暗示するだろう、ということが一目で察知できるだろう。なる
ほど、と思えるのは、やはり計算機屋の因果なのだろうか。   

 このスラントに象徴される<対峙・対立>には幾つかの伏線があ
る。本文の見出しでは<M/F>、<F/M>。勿論、これは性的
なるもの、つまり<男・女>の象徴である。これは作家の認識にお
いて「文化的なコンテクストの底流には必ず性関係というものがあ
り、近未来においてはより商品化された性産業が隆盛をきわめてい
るだろう」という予見を示唆している。            
 なるほど、ベアの作品ではお馴染みのvidやYoxといった、
バーチャル世界における<全感覚>的な性の喜悦受容体験は、現実
の人間関係のストレスを伴わないだけに、21世紀のヘロインたり
うるのかも知れない。そこにより進歩したセラピーが加わって、多
くの人間は、進化や改革の基盤となる批判的精神を欠如させていく
と語られる。いささか、単純すぎる未来像とは言え、これを笑うこ
とはできない。第三次産業の主流に娯楽としての<性産業>がある
ことは、まさにコンテンポラリーな図式なのだから。      

 さて、もうひとつの<対峙・対立>として、現在の世界への批判
的な視点が語られる。「人種主義と部族主義の袋小路」。19世紀
の哲学が産み出した不毛なイデオロギー対立が終焉したというのに
世界は<民族/宗教>といった対立軸における戦乱を廃棄できない
でいる。実は、環境問題もいじめも差別も、すべてこの現代社会に
通底する共通の課題なのだ、という思いは共感できる。     
 そうした閉塞感に行き詰まる近未来に「セラピー受容者か否か、
身体変容者か否か」といった新たな選民思想が現れる。この作品の
主要な舞台となる霊廟オムパロスとは、その<対峙・対立>の象徴
として描かれる。このような作家の認識には、たしかに同時代性を
感じることはできる。                    

 ところで、やはりベアの作品らしいという点では、シンカー(思
考体)であるジルと、新登場のロディを無視することはできない。
ジルは現在の人工知能が進化したものとして想像することは容易い
のだが、ベアはあっと驚くアイデアをロディに与えた。バイオテク
ノロジーの進化によって、細菌(バクテリア)の世界を、ひとつの
巨大な神経系としてシンカーの内部構造に流用する。つまり、人間
の脳内におけるニューラルネットの写し絵として、細菌の世界を神
経系ネットとしてイメージすると良い。それは私たちの持つメカニ
カルな人工知能ではなく、多量の黒土と昆虫たちに活かされた細菌
のネットワークによる人工知能というわけだ。これは確かに楽しめ
るアイデアだね。まあ、それくらいだろうか。この作品で楽しめた
のは。まだまだ、ベアには頑張ってほしいね。         




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