SF-tuzureoriF14


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(2000-14)

−2000年7月2日−


『シビュラの目:P.K.ディック』


 相変わらずのディック人気をあらためて実感する。若きディック
が60年代に発表した短編を中心とした作品集が、この2000年
という年に邦訳され、刊行された。ありがたいことだ。     

 今更、あらためてディックについて語ることもないのだが、この
短編集は、多産時代の若きディックの<軽妙洒脱さ>が失せておら
ず、十分に楽しめる作品集となっている。後年の長篇群の種子のよ
うな作品が多く、ディックファンならば読んでおきたい短編集。 

 「待機員」「ラグランド・パークをどうする?」はブラックユー
モア溢れる連作となっており、60年代の色濃い作品。この頃から
世界はコンピュータネットワークに支配されるというコンセプトな
り、予言なりはリアリティを持っていたのだが、その世界は現在の
<インターネット>とは程遠い、巨大なマザーコンピュータ(スー
パーコンピュータ)の支配する世界像であった。私たちも80年代
まで、その幻影を振払うことができなかったのだから、やはり60
年代の作品として評価すべきなのだろう。フォークシンガーは当時
時代の予言者でもあったことを思えば、ディックはリアルな世界観
をもとに、このようなカリカチュアを産み出したのだ、と得心でき
るだろう。                         

 「宇宙の死者」は後年の長篇『ユ−ビック』の序章にあたるよう
な作品らしいが、後年の観念的な重さはまだない。ただ、肉体は壊
死しても、<脳>だけは一定の条件で生き続けられるというディッ
クのテーマのひとつが中心となった作品。後年のニクソン復活を予
言しているくだりでは鳥肌がたった。彼はやはり生っ粋の予言者で
もあったのだ、とね。                    

 「聖なる争い」に登場するコンピュータは、本当に旧式のフォン
ノイマン型のマシンで、このコンピュータの思考とは所詮アルゴリ
ズムでしかない、といった限界は、ディックのというよりは60年
代という時代そのものが抱えていた限界であり、まだその地平にし
か想像力を羽搏かせることができなかったのだ、とあらためて思い
知らされる。                        
 「カンタータ百四十番」は、数多くのアイデアが鏤められた、は
ちゃめちゃな作品で結構楽しめる。しかし、巻末の標題作「シビュ
ラの目」こそ、後年のディックワールドに連なる作品なのだ。この
作品がドラッグと神秘体験に誘われたディックの原点でもある。 




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