SF-tuzureoriF07


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(2000-7)

−2000年4月9日−


『フレームシフト:ロバート・J・ソウヤー』


 この作品の主題であるDNA、そしてヒトゲノムプロジェクトに
関わるニューズが最近は多い。たとえば、米国のベンチャー企業で
あるセレーラ・ジェノミクスが「人間の全遺伝情報(ゲノム)読み
とりを完了させた」とか、そして「解読データはインターネットで
公開する」といったニュースなど。さらにはヒトゲノム計画の研究
データを共有するためのアプリケーション『ナップスター』という
構想を巡り科学界で論争がはじまりそうだ、というニュースなど。

 なんとも、この遺伝子改変につながるバイオ・テクノロジーに対
して、複雑な想いを抱くのは私だけではないだろう。秀逸なストー
リーテラーであるソウヤーが、また見事な物語を見せてくれた。 

 主人公はヒトゲノムプロジェクトに従事する、在米カナダ人の遺
伝子学研究者ピエール。彼は、DNAの秘密を探る最先端のバイオ
テクノロジー研究者であるとともに、DNAの秘密に支配された遺
伝的な「ハンチントン舞踏病」という恐怖を抱えて生きている。こ
のハンチントン舞踏病という名前を聞いたことのある人は多いだろ
う。私などの世代では、この物語でも語られているようにガスリー
親子(フォークの伝説的存在であるウディ・ガスリー、そしてあの
「アリスのレストラン」で私たち世代のアイドルになったアーロ・
ガスリー)を通じて知った人も多いのではないか。このひとりの遺
伝的難病という恐怖を抱える科学者。だが、ソウヤーはこれだけで
は物足りないらしい。主人公ピエールの人生の同伴者モリーは、な
んとテレパスであり、他人の思考が読み取れてしまうという不幸を
背負っている。このテレパスという天性の能力も、DNAの秘密に
通じている、といういかにもSFらしい設定ときたものだ。   

 さらに、ピエールとモリーが、さまざまな事情で人口受精により
授かった娘は、ピエールの上司クリマス博士の陰謀によって、6万
2千年前のネアンデルタール人ハンナのクローンとして産まれてき
た。この辺りは、本当にソウヤーらしい。ちょっとリアリティのな
い過剰な設定を、ストーリーテラーとしての秀逸した力業で乗りこ
なしていく。ソウヤーの魅力でもあり、危うさでもあるだろう。 

 物語はもうひとつの主軸を持っている。やはり遺伝子改変のもっ
とも下劣な発想の出所といえば<ナチス>に辿りつくのだろう。 
 トレブリンカ絶滅収容所で、多くのユダヤ人を惨殺した『恐怖の
イヴァン』は誰なのか、というサスペンス仕立てにもなっていて、
ソウヤーは最後まで読者を飽きさせることがない。だが、ネオナチ
の科学者がいたら、この遺伝子技術をどのように悪用しようとする
だろうか、あるいはネオナチでなくとも「欠陥は排除する」という
発想にたつ者たちが出現したらと問うてもいるのだ。この物語は。

 つまり、私たちはDNAの秘密という禁断の扉をあけようとして
いるのだが、本当にその扉を開ける資格があるか、と問うてもいる
のだ。この物語を読みながら、<正常と異常>という基軸で人間を
考えたり、扱ったりしてはならない、と再度強く想った。こうした
発想は容易に優勢学的なナチス的発想へ密通するからだ。そして、
私たちの世界は、狭隘な民族主義や宗教を淘汰できていない。もち
ろん遺伝的な難病に苦しんでいる人々や、癌をはじめとするさまざ
まな病気や老化といった課題に対して避けて通れない問題だけに、
封印したり、知らぬ顔をすれば良いという問題でもないからだ。 
 どうやらソウヤーは、こうした時代認識を共有している作家なの
だろう。次作にも期待したい。                




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