SF-tuzureoriF05


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(2000-5)

−2000年3月6日−


『太陽の王と月の妖獣:ヴォンダ・N・マッキンタイア』


 この物語は1693年の夏至から冬至まで、ヴェルサイユ宮殿を
舞台として繰り広げられる。これを「歴史改変小説」と呼ぶことに
はどうも馴染めない。ありえたかも知れないもうひとつの歴史、ま
たは多元宇宙のもうひとつの時間軸の世界。どれもぴったりこない
のはどうしてだろうか。ファンタジーといったほうがいいのかも知
れない。作家の関心は「ありえたかも知れない多元宇宙、もうひと
つの歴史」へ向かうのではなく、この十七世紀フランスという時代
そのものへ収斂している。この物語がSFだといわれるのは、ただ
作家のマッキンタイアが、もともと著名なSF作家だからとしか思
えない。だからSFに分類されているのであろうか。もっとも、そ
のような分類・整理学はどうでもいい。現代科学のエッジでのたう
ちまわっている知性には、このような宗教と自然科学がやっと訣別
をはじめた時代はとても新鮮でもあるだろう。この物語で唯一SF
的な主題とは未知の知性体とのファーストコンタクトという点に尽
きる。しかし、それすらも作家にとっては二次的なものかも知れな
い。この作家にとって、<未知>であり、<異質>であるものとは
十七世紀のフランスにおける宮廷文化と舞台政治そのものであるか
らだろう。                         

 このような作家の関心を前提とすれば、これはとてもよく出来た
小説である。もともとS.スピルバーグのシナリオ・ワークショッ
プで、映画向けのシナリオとして書かれた作品を小説化したものだ
そうだ。絢爛たる太陽王ルイ14世のヴェルサイユ宮殿。私たちに
馴染み深いヴェルサイユとは、どうしてもこの時代の百年後のマリ
−・アントワネットとルイ16世の時代の『ベルサイユのばら』し
かない、という自らの貧しさにも笑ってしまう。しかし、宮廷政治
とカトリック派の宗教支配はとてもよく描かれているので、歴史も
のとして読めば充分に楽しめる。主人公たちと未知の生命体を除け
ば、ほとんどが歴史上実在の人物であり、作家のリサーチも行き届
いている。作品の後半では、私たちはいつのまにか主人公とともに
このヴェルサイユ宮殿のなかをリアルに闊歩している気にさせられ
てしまう。これは作家の力量を十分に物語っているだろう。   

 主人公が共感を寄せる知的生命体としての<海の妖獣:海の民>
は、最初から最後まで伝説的な世界を浮遊したままであるのが残念
だ。私などは最後まで、いつこの異質な知的生命体を通して、地球
の生命体がどこからやってきたのか、なんていう宇宙史的な展開が
されるのだろう、とわくわくしていたのだが、最後までそれはなか
った。それはそれでいいのかも知れない。そんな展開にならないほ
うが作品としてはコンセプトがはっきりしてよかったのだろう。 

 しかし、米国のSF界は裾野が広い。私はこのマッキンタイアと
いう作家が70年代にビューゴー、ネビュラ賞を受賞していること
にも、またその作品そのものにも関心がなかったのだが、この作品
を通して、彼女の関心と力量を推察することはできた。すごいね。




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