SF-tuzureoriD9


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(99-15)

−1999年8月12日−


『仮想空間計画:ジェイムズ・P・ホーガン』


 20年という歳月の離隔。若いときには、そのようなスパーンで
想像することもできなかった<とき>の距離を、今、とても私的な
世界で特別な感慨をもって受けとめている。その歳月に耐えること
ができるものは、ただ心のなかで静かに激しく燃え続ける想いだけ
なのであろうか。私たちはその過ぎ去った歳月に、万感の想いを抱
く。勿論、一言では語りきれる筈もない。だが、変わらないものを
信じてもいい、と思う。そんな私事での感想と重ねあわせながら、
この「仮想空間計画」をゆっくりと読み進んだ。        

 実は、冒頭の感想には意味があるのだ。この「仮想空間計画」の
なかでは、AI(人口知能)のつくりだす「仮想空間」(ヴァーチ
ャルリアリティ)の世界に12年間も封じ込められた生身の人間が
主人公であるからだ。しかも、いわばシミュレーションされた仮想
空間のなかで12年が経過しても、実世界では数週間しか経過して
いない。この「仮想空間」のなかでは、時間経過は外界の200倍
のスピードで進むよう設定されているからだ。うらやましいことだ
。12年分の経験を蓄積して少しは成熟することができたうえに、
実世界に戻れば数週間しか衰えていない身体が待っているというわ
けだ。なんて、うらやましい。ああ、これは個人的な感想なので、
御容赦を。しかし、ホーガンは、このアイデアを屈折した権謀術数
に充ちた物語にしてしまう。私は、何故なのだろうかと訝しむ。 


 私たちは、一体、近未来というものをどんな色彩で感知している
のだろうか。暗く重い色調?暗澹たるもの?いや、光彩に充ちた希
望?あざやかな色彩に充ちた世界? 実際はその全てであり、その
どれでもないだろう。ホーガンの描く近未来は、現在の世界に呪縛
された、いささかうんざりするような世界であることが多い。この
作品もそうだ。何故なんだろう。嘘臭い希望に溢れる世界を描くこ
とはないが、単純に現在の世界の延長である筈もない。どうやら、
この辺りでの現実への違和感をホーガンは払拭できないようだ。ホ
ーガンがかつて<ポリティカル・サスペンス>ものばかり発表して
いたことを思えば、別段不思議ではないのかも知れない。先に文庫
化された「量子宇宙干渉機」よりも、本作のほうが実際には先に発
表されたことを思えば、得心がいくというものだ。とホーガン・フ
ァンの私は納得するしかないのだろう。最先端のAIを開発する企
業で、陰険な権謀術数に充ちた社内政治によって翻弄される主人公
たちに感情移入するのは難しい。だから、余計にゆっくりとしか読
めなかった、と言い換えてもいい。この作品で得ることのできるも
と言えば、おそらく愛情溢れるアイルランド(人)への眼差しであ
り、私もあらためてアイルランドへの関心を深めたものだ。その点
を除くと、今回もホーガンは人物を描ききれていないな、と思う。
あまりにも図式的な人物配置と、書割りのような人物像に魅力を覚
えることはない。今、読んでいるD・ブリンの「グローリー・シー
ズン」の登場人物がいきいきとしているだけにその思いが強い。 








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