SF-tuzureoriD3


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(99-9)

−1999年5月7日−


『フリーダムズ・チョイス:アン・マキャフリイ』


 物語ることが楽しくて仕方がない、といった作家の呼吸音が聴こ
えてくるような作品を読むことはある種の至福ではある。    
 昨年末に前作の『フリーダムズ・ランディング』を読んだ。年末
の「SF綴れ織り(98−24)」で述べたとおり<SFの現在>
という地平から見るならば、途轍もなく陳腐な<物語>も、ここま
で作家自身が楽しんでいるならば仕方ないなあ、と許せる気分にな
ってしまう。ひょっとして、アンおばさんのファンはこんな風にし
てアンの<物語>の深みにはまっていったのかも知れない。アン・
ワールドっていうやつなんだろうね。             

 この作品はフリーダムズ三部作の2作目。当然ながら前作を読ん
でおくことは必須だし、本作の結末は3作目を読むことをも必定と
している。前作では現れなかった<エオス人>と<ファーマーズ>
が登場する。地球を侵略した、いや銀河系の多くの惑星系を侵略し
た<キャテン人>は実は傀儡で、彼等を操る非道の<エオス人>が
予想どおりに現われた。<ファーマーズ>は超サイエンス的に登場
した。どちらも驚きを与えてはくれない。どちらもステロタイプの
異星人、知的生命体なので、本当はがっかりさへする。しかし、そ
んな感想などどこ吹く風、アンは物語ることの楽しさに奔放ですら
ある。作家が物語ることで得ているであろう<自由>は、こちらに
まで伝染してくる他ない。したがって、重箱の隅をつつくような論
評は不要なのだ。主人公のひとり、クリスは間違いなく物語のなか
のアン自身であるのだろう。もうひとりの主人公<キャテン人>の
ザイナルは、苦笑したくなるほどのいい奴なのだ。まだ、こんな人
間観で作品を織り成すことのできる作家は<幸せ>なのだろう。 

 クリティカルな視線のない、安穏な小世界。しかし、これもまた
ひとつのエンターテイメント、楽しみの在り方ならば、それはそれ
で良いことなのだろう。今、読み返している『アルベマス』のP・
K・ディックの世界は、その対極にあると言ってもいい。<物語>
の世界に自己のレーゾン・デートルを賭けてしまった作家の、その
ぎりぎりのきわどわと危うさ。私たちは、SFといわれる世界の多
様さを味わい、その対極の世界のどちらをも、実は自ら生きている
に違いない。                        








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