SF-tuzureoriC5


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(99-1)

−1999年1月10日−


『神の目の凱歌:ニーヴン&パーネル』


 なんとなく想いのままに綴ってきて、もう三年目を迎えることに
なった。このようにWebで表現を続けることの本質には<オン・
タイム>で時代とつながっていることが不可分であるだろう。なか
なか<オン・タイム>で、というのは難しい。気紛れなおじさんの
独り言につき合っていただいて、感謝!!           

 ということで、昨年の夏に文庫本で出版されたニーヴン&パーネ
ルの『神の目の凱歌』を正月休みに読みはじめた。       
 私のなかでは、本を手にするプライオリティというようなものが
あって、<積ん読>の待ち行列を並び変えては、このように夏に購
入したものを半年後に読むなんていうことがしょっちゅうある。 
そのとき、直感的にこれは<エンターテイメント>だな、と判断し
たようだ。<エンターテイメント>が良い悪いではなくて、気分的
に炬燵で蜜柑でもむきながら読む、そんな気分が適当と感じたのだ
ろう。そして、その直感は正しかったようだ。         

 前作の『神の目の小さな塵』からもう25年。物語もちょうど約
4半世紀後という設定である。前作のモート星系の異星人たちは、
色褪せることなく再び姿を現わした。前作では、人類とは異なった
生態系を持つ異星人の仮面が剥がされていくスリリングさに興奮し
たが、本作では異星人との協調へ進むさまが綴られていく。前作を
読んだ人も、読んでいない人も楽しめるだろう。そこそこに、ね。
 しかし、ニーヴン&パーネルというコンビは4半世紀前にこんな
着想を作品と成していたのだ、と思うと感慨深い。もっと色褪せて
いてもおかしくない設定が未だに陳腐化していないなんて、この変
化が加速し続けた20世紀の第4クオーターのなかでは、希有と言
ってもいいだろう。                     

 しかし、前作を凌駕するような着想やひねりがあるわけではなか
った。物語の核心は、あれだけモート人を恐怖した人類が、モート
人の悲惨な歴史を改善する<寄生虫>を産み出すというところにあ
るのだろう。そしてニーヴン&パーネル自身にとっては、壮大な宇
宙戦闘シーンを描くことができた、といったところだろうか。  

 なかなか楽しいエンターテイメントであった。今年もぼちぼちと
語らせていただこうと思っている。しかし、もっと私を根底から揺
さぶってくれる作品は現われないものだろうか。        






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