SF-tuzureoriC1


SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(98-21)

−1998年11月14日−


『量子宇宙干渉機:J・P・ホーガン』


 読み終えて、ぞくぞくと震えが走った。           
待ちわびていたホーガンが帰ってきた。物語りの最後まで裏切られ
ることなく読み終えることができた。             
 <ハードSF>などという、SFフリークにしかわからないよう
な定義がある。だが私たち<ハードSF>ファンには確実に伝わる
作品の傾向や趣きがあった。ホーガンは、その<ハードSF>の雄
であった。やがて彼の作品は趣きを変化させ、私たちには長い不満
の時期が続いてきた。そのホーガンが、ホーガンの顔をした作品で
帰ってきたのだ。                      

 量子コンピュータ、多元宇宙論。              
1990年代後半の旬のテーマを、ホーガンらしい語り口で見事な
物語りを仕立ててくれた。                  

 時系列に辿ることができる個体の<意識>とは、おそらく波動の
ようなものではないだろうか。連綿と誕生から今日まで、私は私の
意識を継承していると考えがちだが、実はこのような個体の意識の
時間的変遷は、直線的なものではなく、波動のようなものではない
だろうか。毎朝、目醒め、活動し、眠りまた目醒める。覚醒と睡眠
を繰り返す<意識>の流れは、波動のような振幅を避けられない。
そこには、自分でも理解しがたい断絶や飛躍が訪れることもある。
そのような自意識の変化について、私たちはさまざまな解釈を試み
てきた。仮にこの作品のような多元宇宙での意識の往来が可能だと
したら、私たちの<孤独>は癒されるのだろうか。       

 今回はとにかく作品を読んでいただきたいものだ。      
ホーガンらしい剛腕で、物語りはいきなりその全貌を明らかにして
いく。小賢しいトリックなどない。多元宇宙が存在するとしたなら
ば、物語りの世界は私たちの宇宙に非常に近いところにある。だが
私たちの現在からは微妙に枝別れした世界でもある。冷戦の構造を
深く引き摺った世界なのだ。ホーガンの描く近未来は、私たちの現
在の暗い部分を色濃く翳らせている。ホーガンの最近の作品には、
このような傾向が強い。だが今回のホーガンは、<多元宇宙>での
往来を借りて、さまざまな”多世界解釈”を披露したうえに、その
<多元宇宙>が共振することによって生じる、よりましな未来をさ
へ暗示した。物語りの結末には希望的観測が漂うほどだ。しかし、
そのような<希望>はあっていいのかも知れない。       

 作品のなかには、いろいろな楽しみが潜んでいるが、基本は量子
のパラドックスに尽きるだろう。私の最近の関心のひとつに「量子
計算機」というものがある。理論研究は進んでいるが、開発までに
幾つかの理論的、技術的ブレークスルーが必要なのかも知れない。
だが、この数十年の電子計算機の成長にシンクロしてきた私には、
それは実現されるに違いないものなのだ。そして、その延長に邦題
の「量子宇宙干渉機」というものが夢想される。量子レベルで多元
宇宙が相互干渉することをどれだけリアルに夢想することができる
だろうか。ホーガンは彼らしい剛腕で、夢想を物語りに仕立てた。
まあ、今回も科学者が主人公で、物語りの仕立て方としては古典的
であるが、<未来>へわくわくする気持ちをかき立ててくれた、と
いう意味では称賛しておきたい。やはり、この歳になってもわくわ
くしたいのだな、と嬉しくなるね。              




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