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SF綴れ織り

TommyおじさんのSF綴れ織り(98-20)

−1998年11月7日−


『垂直世界の戦士:K・W・ジーター』


 前作の『ダーク・シーカー』を読むまでは、このジーターという
作家にあまり興味はなかった。勿論、映画『ブレード・ランナー』
の続編を書いた作家という程度のことは知ってはいたが。    
 『ダーク・シーカー』では<精神の闇部>を探る作品世界のなか
へ、私も結構どっぷりと浸かって読んだ感触が残っていたので、期
待をしていたのだが。                    
 毎度のことだが、邦題『垂直世界の戦士』や文庫本の表紙絵には
がっかりした。なんだかジュヴナイル風の少年少女向けといった感
じで、期待してはいけないなあ、と自分に言い聞かせながら読みは
じめたものだ。率直に言って、今回も邦題は原作の趣きを損ねるだ
けのものだった。邦題や表紙イラストから受けるイメージよりは、
ずっとひねくれていて面白い、という意味である。       

 さて、原題の<Farewell Horizontal>が表
象するイメージ(解説の高橋良平氏は「さらば水平なるものよ」と
訳されている)こそがジーターの狙いであったことは間違いないだ
ろう。この作品はジーター自身がSFよりもスリラー小説に傾いた
頃のものだそうだ。本来、ラリイ・ニーヴンの『リングワールド』
シリーズのような巨大な建造世界を3部作として構想していたそう
だが、先に作家自身が語ったようにスリラーへ傾いたため、独立し
た長篇としたという経緯があるようだ。作品そのものにも、そうし
たジータ自身の<迷い>が読み取れる。            
 雲海よりも上層に聳える巨大なシリンダー状の建造物。いつとは
知れぬ古代の<大戦>で雲よりも下の世界を知らない人々が生息す
るシリンダー上部の世界。内部には水平の<ホリゾンタル>な世界
(私たちの世界と同じ)があり、外部には<ヴァーティカル・ウォ
ール>と呼ばれる垂直壁の世界がある。垂直の壁の世界で生存して
いくためのガジェットが沢山登場する。そこでは人体や道具を垂直
な壁に繋ぎとめるために欠かせないピトンコード(バイオメカ)。
垂直な世界の幹線道路とでもいうべき輸送ケーブルを疾駆するモー
ターサイクル。主人公のナイ・アクセクターが、そんな垂直壁の世
界へドロップアウトするところから物語りははじまる。     

 垂直壁の世界とは、<荒野>のメタファーであり、またゲームの
世界にしか存在しないようなウォーリアー(戦士)部族の世界であ
る。最初から最後まで、この垂直壁の世界の描写を実感することは
難しい。無重力の世界を想像するよりも実感が得られない。物理法
則に反する世界や様相を顕わそうとするジーターは、決してこの世
界の核に迫ろうとはしない。表層を漂っているだけなのだ。   
 重力井戸の底に暮らす私たちにとって、<水平の世界>こそが感
覚の基盤を構成している。だから垂直の壁に張り付くように生存す
ることや、ましてその壁に垂直に起立することなどをうまく実感す
ることは難しい。実は作者は私たちを取り巻く世界への異和感に突
き動かされていると言ってもいい。              
 作者の疑義は、こうだ。「いったい私たちはこの世界の全貌を把
握しているのだろうか」、「支配的な理念とは、所詮現実を見かけ
として支えているだけではないか」と。            
 物語りの後半に差し掛かるところで、何故か主人公ナイをサポー
トする、ビルディング内部に棲息するサイなる人物は、ナイにこの
ように語る。「このビルディングはそれの外在化された表象、つま
り、巨大化した鏡像とみなすことができる」と。これは作者の世界
観の一部を吐露している。だからこそ、作者は物語りの細部に斑が
あろうとも構わず、また登場人物の多くの行動にリアリティがなく
とも構わずに突き進んで行く。その性急さはあまりにも惜しい。 
 当初の予定通り、3部作くらいのつもりで書き込んでくれたなら
ば、十分堪能できる作品になっていたのではないか、と思えて仕方
がない。                          
 翻訳を読む限界なのだろうが、高橋良平氏の解説を読むと、なか
なか作者の言語感覚には面白いものがある。原文を読むほどの根気
もないおじさんとしては、ジータという作家を理解する鍵として、
高橋氏の解説もお薦めである。                




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