SF-tuzureoriB7



TommyおじさんのSF綴れ織り(98-17)

−1998年10月4日−


『極微機械ボーア・メイカー:リンダ・ナガタ』


 バイオ・テクノロジーが進化した世界は、恰も<ファンタジー>
の世界のように見えるかもしれない。自在に遺伝子コードに手を加
えたり、人間や動植物そして有機的自然の多くを人為的に改変でき
る世界を想像してみるといい。そこでは、私たちが営々と築き上げ
てきた価値観なり世界観が根底から問い直されるであろう。   

 これまでも分子・原子レベルでのナノテクノロジーを題材にした
作品はあったのだが、ここまで読み物として面白くしたリンダ・ナ
ガタという作家には興味を覚えずにはおれない。        

 物語は異様なファンタジーの世界のような、未来の下層世界「ス
ンダ自由貿易圏」から始まる。川を流れてきた死体。その死体が川
底で朽ちていくことによって産出される泡滓を食べて生きる貧民。
 8才の大きさの体躯に大人の女の体型を持つ主人公フォージタ。
そして、大きな鉤鼻と腫れた黄色の頬に紫色の眼をしたアリフ。す
べては不思議なファンタジーもどきの世界として描かれる。   
 そして、そのすべてがナノテクノロジーの歪んだ産物であること
がわかっていく。                      

 青い琺瑯の肌を持つ<人造人間>ニッコー(日光)。その世界で
は国家という単位は従来の地球上の国家という単位に加えて、企業
を基盤とした惑星軌道上の<法人国家>群を持つ。そのひとつであ
る「夏別荘社」がニッコーを産み出したフォックス・ジャン−ティ
バヤンの率いる法人企業体国家というわけだ。これらの国家群の警
察機能として存在する連邦。この<連邦>とは「人間の遺伝形質に
非人間的あるいは人工的な機能」を加えてはならず、また「人間の
精神を機械知性と組み合わせて増大させてはならない」という法規
範を守る安全保障体制を維持するための、保安警察機能を主要な任
務としている。この作品は1995年にリンダ・ナガタの処女長編
として発刊された。                     
 なるほど、連邦のこの規範はなんと昨今の「遺伝子改変」に対す
る既存の価値観での議論によく似ていることか。        

 人造人間ニッコーは30年の猶予を与えられていたが、この規範
によって、まもなく<死>を迎えねばならない。高度な知性を持っ
た人工生命は、このような理不尽な<死>に、暴力的ともいえる衝
動に突き動かされていく。このあたりの心理描写はよくわかるなあ
と思っていたら、そう、あの「ブレードランナー」のレプリカント
の衝動に酷似していることに気付くであろう。         

 タイトルのボーア・メイカーとはこの規範を打ち破る「人工知能
をもった分子機械」である。<連邦>の警察長官カースティンは百
数十歳。ニッコーの愛人でもあるが、ボーア・メイカーの出自にも
因縁を持ち、この規範を守護する権力として、ボーア・メイカーを
抹殺しようとする。物語は危険なスピード感で紡がれていく。  
 作品のディティールには、結構危なっかしいところも多い。人間
の頭脳のなかに、ネットワークシステムの結節点またはディジタル
システムとの融合点として機能する<枢房>と呼ばれる補助器官が
作られている。人間の全人格を電子的にコピーした<幽霊>はその
<枢房>を介して、他者にとり憑いたり、疑似現実を体験できる。
そこでは、人間の固有身体は単なる有機体(物質)でしかなく、そ
の人間の全人格を電子的にコピーした<幽霊>さえあれば、オリジ
ナルの肉体を失っても、復活することが可能になる。ましてや、宇
宙空間のあちこちにコピーされた肉体を配置し、ディジタル化され
た人格コピーをダウンロードすれば、物理的な移動を介さなくとも
旅することができる。細かい点に目を瞑りさえすれば、こうした設
定は充分に物語にスリルとスピードを与えることができることをリ
ンダ・ナガタは実証した。この辺りは匙加減ひとつで、物語を面白
くしたり、つまらなくしたりするだろう。随分と人によっては評価
が分かれるところかも知れない。               
 さて他にも<濾門>だとか<生物発生機能>だとか、触れておき
たいキーワードはあるのだが、これくらいにしておこう。    

 それにしても今回も邦題の<極微機械ボーア・メイカー>にはが
っかりした。単に<ボーア・メイカー>で良いのにね。     

 ところで興味のある方は、リンダ・ナガタのホームページを是非
御覧あれ!! 最新作「VAST」の紹介もあるし、トップページ
の「北アメリカ星雲」は美しい。リンダはこの美しい画像を撮影さ
れた栗田直幸氏のサイトにもちゃんとリンクを張っているので、こ
ちらもまた堪能されるといい。                
 因にナガタという姓は日系人の夫のものだそうだ。      


Linda Nagata's Home Page http://www.maui.net/~nagata/









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