SF-tuzureoriB6



TommyおじさんのSF綴れ織り(98-16)

−1998年9月16日−


『凍月(いてづき):グレッグ・ベア』


 量子コンピュータと絶対零度プロジェクト。         
ベア得意の領域での、濃密な短編である。僅か数時間で読める分量
を、よくも単独の文庫本にしたものだ、と早川書房を誉めてあげた
い。                            
 実は、本書のテーマはこちらよりも、ベア自身の想いが主題をな
していると言ってもいい。<政治的アパシー>への嫌悪。疑似科学
を装った<新興宗教>への嫌悪。本書の前文で、こうした作家自身
の思いが『近未来、そして遠未来』という一文に、くどいほど表出
されている。こうした作者の思いにシンパシーを寄せるかどうかは
別として、作品自体を楽しみたい方はこの前文を読まれなくてもい
いだろうと思える。ベア自身が「SFWA」(アメリカSF&ファ
ンタジー作家協会)の会長職にあって経験したジレンマが底にある
ことはよくわかったのだが。                 
 いずれにしても、ベアという作家の基軸は科学にあり、故に「カ
ルト集団」を嫌悪する気持ちもよく伝わってくる。作品では、この
あたりはほどよく抑制されており、作品全体を鼻白ませるものでは
ないので、念のため。                    

 物語の臍は幾つかあるのだが、ベアの作品ではお馴染みの人口知
能<思考体:シンカー>が本作では、量子コンピュータとして丁寧
に語られているところなんか、ぐっとくる。絶対零度プロジェクト
には欠かせない量子理論(QL)思考体が、開発される経緯が語ら
れ、当初はQL思考体は人間と相互理解を分かち得なかった、とい
う件りなど、喝采を送りたいくらいだ。結局、QL思考体と人間を
媒介する「翻訳機」ができて、やっと実用となったというあたりな
ど、「量子理論」の特性を踏まえて、はじめてイマジネートするこ
とができるに違いない。                   
 物語のプロットで欠かせないのが、死んだ人間の冷凍された頭部
とコミュニケートするという試みである。こちらも、そして絶対零
度プロジェクトも未完のままに、終盤の「大崩壊」に導かれるのだ
が、律義なベアらしく、危うい描写にはちゃんと幻覚であったかも
知れない、などという主人公の独白まで添えてある。      
 彼にとっては、物語ることすら誠実であらねばならないのだろう
か。                            

 それにしてもタイトルであるが、原題の<HEADS>よりも邦
題の『凍月(いてづき)』のほうがぐっとくるよね。      
邦訳された小野田和子氏に乾杯!!              









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