SF-tuzureoriB1

TommyおじさんのSF綴れ織り(98-11)

−1998年7月11日−


『終末のプロメテウス:アンダースン&ビースン』


 どんなクライシスを内包しつつ、私たちは世紀末のエッジを歩ん
でいるのだろうか。冷戦構造の崩壊や、核戦争の直接的な恫喝から
少しは隔たることができたかわりに、私たちの世界はまた位相の異
なる危機を内包していることも事実である。しかし、拡散していく
ものの多様さのなかで、感受する側の感性だけがぎりぎりと摩滅し
ているだけなのかも知れない。                
 最近のクライシスもの、パニックものの書籍の多さにうんざりし
ながらも、そのなかには多くの秀作があることも事実だ。SFだと
か、クライシスものだとかの分類には意味がない。しかし、この作
品を読みつづけながら、この作品はどちらにも分類できるな、とも
思い続けていた。                      

 もともと、アンダースン&ビースンの作品は、しっかりしたテク
ノロジーへの洞察や理解があり、「無限アセンブラ」での異星のナ
ノテクノロジーの描写を読んでいれば、この『終末のプロメテウス
』で展開されるバイオテクノロジーによる<終末>の描写が見事で
あることにも納得せざるをえない。              
 しかし、この作品は心を揺さぶる<センスオブワンダー>に満ち
ているわけではない。作品自体の構成がしっかりしていることや、
前述のように、作品のバックグラウンドとなるバイオテクノロジー
への洞察がしっかりしているため、長篇ながら飽きることなく読ま
せてくれる。しかし、これは良質のクライシスものを読んだときの
読後感と同じ印象を与えてくれるだけだ、とも言えるのだ。   
 一級の作品ではありえても、本当に私たちの世界に内在している
危機・クライシスにクロスしているのだろうか、とも思った。  

 巨大タンカーの事故による原油流出、環境悪化を食い止めようと
放たれた微生物が、本当は石油製品を食い尽くすウィルスだった。
世界は危機に陥り、石油製品に依存しない社会の再生を迫られる。
石油に依存しきった現代社会が、車や飛行機をはじめ多くのものを
失ったときに、どんな危機が想定できるのか、綿密に描かれる。そ
のリアリティには舌を巻く。しかし、ここで描かれる世界とは北米
の社会でしかない。結局、北米のアメリカ社会しか作品には登場し
てこないのだ。最近の多くの作品に同様の想いを感じる。作家の構
想力が、北米で体現されている現代社会の突端を突き抜けることが
できないでいる。それが、現在もっともリアルな<危機>だと、私
は想っている。私たちは21世紀に見い出すべきグローバリズムを
未だ手にはしていないのだ、と。               









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