SF-tuzureoriA5

TommyおじさんのSF綴れ織り(98-6)

−1998年4月26日−


『時間旅行者は緑の海に漂う:P.オリアリー』


 −DOOR THREE NUMBER−           
 この原題が表象するものの方が作品の実体に近いであろう。とこ
ろが邦題のほうは、作品の内容から抽出されたものであることは読
めばわかるが、読む前にはおそらく違った印象を与えるであろう。
 そう、この作品とは前回言及したパトリック・オリアリーの『時
間旅行者は緑の海に漂う』である。              
 この物語では、タイムマシーンは<意味>として表出されるのみ
で、なんら実体的に物語を推進する装置ではない。だから、この作
品を「時間旅行もの」或いは「多元宇宙もの」と看做さないほうが
よい。なぜなら、この物語は<夢>や<精神>についてのものであ
る。もっとわかりやすく語るならば、これはユングの<夢>やUF
Oの世界であると。                     

 この作品がP.K.ディックやカート・ヴォネガットを想起させる
という見方はもっともだ。実は、私も読み進みながらディックの世
界との類似性を感じ続けていた。或いは欧米人の引き摺り続けてい
る基督教的精神世界や、北米人の求める精神分析的治癒の構造につ
て、ディックとオリアリーに共有するものを感じていた。    

 物語の主人公はCT(心理療法士)である。そして彼のセラピー
のクライアントが、もうひとりの主人公=エイリアンとして登場し
、実は未来の人類であるホロックと現在の人類の混血として種明か
しされる。実にユング的である。               

そのもうひとりの主人公ローラは語る。           
 『REM睡眠のあいだは麻痺状態になるでしょう?身体が動かな
 い。そのときに空間が折りたたまれるの。あたなもそれはできる
 のよ。ただしあなたたちがそれを科学に応用したり、現実という
 概念に本質的革命を起こすには何年もかかるでしょうけど。夢の
 奇妙さ、おかしな論理、ありえない地形、時間の飛躍、夢のなか
 でしか意味をなさない連想−−それらこそが、彼らなのよ。そう
 やって彼らは考えるの。無闇な暴力さえも、彼らによるものなの
 よ』                           
ここに、この物語の秘密と核心がある。            
もうひとつの核心を、この物語の狂言まわしであるソールが語る。
 『われわれは”勝者”を必要とし、”敗者”を必要としている。
 ”敵”を必要としているのだ。消されようとしている思想とはこ
 のことだ。・・・経済にせよ政治にせよ宗教にせよレクリェーシ
 ョンにせよ、敵という思想から離れたシステムは地上には存在し
 ない。われわれが”常識”と呼ぶ、文化的前提なのだ』    
オリアリーは全くコンテンポラリーな作家である。その意味でディ
ックと同じ地平にいる。まったく20世紀後半の作家として、思想
的関心を共にしていると言ってもよい。            

 ディックを読むときはいつもそうだったのだが、SFを楽しむと
いうふうには読むことができなかった。ディックの示す病んだ精神
の世界は実にコンテンポラリーであり、他人事としては読めない。
ユングやR.D.レインを読み耽った自分自身の、心的世界をなぞる
ようにしか読めない。まったく思弁的な世界である。      
 昨年の前半は、私自身が手術をしたりといった経験のなかで死や
心的世界について考えていたこともあって、ディックの旧作を読み
返したり、「ティモシー・アーチャーの転生」を読んだり、或る意
味ではディック三昧していたこともあった。最近は体調も良いせい
か、そのようにはオリアリーを読むことはなかった。ディックより
もオリアリーはポップである、と言えばよいのだろうか。しかし、
私のような読者にはオリアリーの第2作「The Gift」は待
ち遠しい。                         









1