SF-tuzureoriA2

TommyおじさんのSF綴れ織り(98-3)

−1998年3月10日−


『グローバルヘッド:B.スターリング』


 久方ぶりのブルース・スターリングの短編集。しっかり読み込ま
せてもらった。最近はワイヤードなどの記事で、大人になったアジ
テータぶりに接することはあっても、彼自身の作品に接することが
できず、待ち遠しかった。                  
 私の主観では、スターリングは長篇よりも短編においてこそ珠玉
の着想を示す作家だと思う。88年の「蝉の女王」以来の短編集。
一挙に読み急いでは、もったいないとさえ思えた。       

 期待通り、いや期待以上に面白かった。           
巻頭の『われらが神経チェルノブイリ』で、これはもうブルースの
世界にはまり込んでしまう。ブルース得意の<書評>という体裁を
をとった短編。<遺伝子ハッキング>という着想はブルースらしい
と言っていい。基本的にA.C.クラークのように<現在>を透視
して未来を引き寄せよう、というスタンスとは異なり、<近未来>
というフィルターを介して現在を語ろう、としているのだ。   
 彼の作品のモチーフは、ハイテクと人間存在という二項に媒介さ
れる。ネット上のハッキングという行為を、遺伝子生物学に演繹す
れば、容易く想定できる世界なのだが、必ずスターリング自身の視
線が作品に脈動する。それがスターリングの良さでもあり、また長
篇においては、不燃焼となる理由だと思う。と言っても、彼の長篇
「スキズマトリックス」も「ネットの中の島々」もけっして嫌いな
わけではないのだが。                    
 さて、ルディ・ラッカーとの共著『宇宙への飛翔』。これはもう
抱腹絶倒。彼の崩壊した帝国「ソ連邦」への過剰な関心は何なのか
と考えてしまう。きっと、20世紀について「ソ連邦」、「冷戦」
そして「帝国の崩壊」という文脈を理解できねば、全体を理解でき
ないとでも言うように。その眼差しは過剰である。       
 『あわれみ深くデジタルなる』。やはり、これも20世紀の世紀
末は、イスラムというキーワードを抜きに語れない、と考えている
ブルースの眼差しを痛いほど感じとることができる。戯作のように
みえて、ブルースの真剣さが見えてくる。           
 『ジムとアイリーン』、アメリカ男とロシア女(つまり米ソ)。
『ダモクレスの剣』『湾岸の戦争』といずれも面白い。だが、続く
『ボヘミアの岸辺』と『モラル弾』を読めば、この作家の力量を窺
い知ることができるだろう。この二作は是非、読んでいただきたい
ので、なにも解説しない。悪しからず。因に『モラル弾』はジョン
・ケッセルとの共著である。                 
 さて、『考えられないもの』『ものの見方の違い』『ハリウッド
・クレムリン』『中絶に賛成ですか?』『ドリ・バンズ』と続く。
なかでも『中絶に賛成ですか?』では、作者の政治的なムーブメン
トに対する視線が露出していて、興味深い。          
 従来のSFという視線で読む必要はない。<現代>の良質なアジ
テーターの短編を堪能されると良い。             

 さて、この単行本の出版社は、かのジャストシステムである。 
「一太郎」で一時代を築いた、あの浮川夫妻の経営するジャストシ
ステムである。最近はネットワークサービスにも露出したり、出版
もそれなりに力を注いでいるようだ。だが、ワイアード四月号の記
事を読むと、他人ごとながら心配である。ジャストシステムが今度
誰の本を出版するか、興味津々である。            









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